「感謝すると運が良くなる」
そう聞いて、半信半疑だった。
でも余命宣告を経験した今、
その言葉の意味が、ようやく腑に落ちている。
以前の私は「感謝」が苦手だった
正直に言う。以前の私は、感謝することが得意じゃなかった。
「ありがとう」は口にするけれど、心の底から感じているかというと、そうじゃなかった。ご飯が食べられること、健康でいること、仕事があること…そういうことを当然「当たり前」だと思っていた。当たり前のことに、感謝なんてしない。それが普通だと思っていた。
大病を告知されるまでは。
「当たり前」が消えた日、初めて感謝が分かった
余命を告げられた夜、病室でひとりになったとき、頭の中にあふれてきたのは後悔だった。
「もっとおいしいものを食べておけばよかった」
「大切な人に、もっと感謝を伝えておけばよかった」
「普通の毎日が、こんなにも幸せだったんだ」
失ってから気づく。それは分かっていたつもりだった。でも実際に「当たり前」が消えそうになって初めて、その重さが分かった。
感謝とは、今持っているもの、与えられていることに気づくことだ。そしてその気づきは、持っていること与えられていることが当たり前じゃないと分かったとき、初めて本物になる。
水がなければ、水のありがたさが分かる。
健康でなければ、健康のありがたさが分かる。
余命を告げられて初めて、「生きていること」への感謝が、
心の奥からじわりと湧いてきた。
感謝が開運につながる、本当の理由
「感謝すると運が良くなる」という話は、スピリチュアルの世界でよく語られる。でも体験する前の私には、なんとなく怪しく聞こえていた。
今は、その仕組みが自分なりに分かる気がしている。
① 感謝は「今あるもの」に目を向けさせてくれる
不満や不安を抱えているとき、人は「ないもの」ばかりを見ている。お金が足りない、時間が足りない、運が足りない…。でも感謝する習慣を持つと、「あるもの」に自然と目が向く。今日も目が覚めた。ご飯が食べられる。誰かと話せる。「あるもの」に気づくことで、心が満たされていく。
② 心が満たされると、行動が変わる
不満や焦りを抱えながら行動しているときと、感謝や喜びの絶頂時にいるときでは、口から出る言葉も、人と接する態度も、自然と変わってくる。感謝の気持ちをもって動く人は、周りに温かさを広げるエネルギーに満ち溢れている。その温かさが、また良い縁や出来事を引き寄せる。本当に不思議な法則だ。
③ 「ありがとう」は、自分自身も変える
感謝の言葉を口にするとき、脳は「良いことがあった」と認識するという。つまり感謝を口にする習慣は、自分の見ている世界を少しずつ「良いもの」に塗り替えていく。開運とは、外から運を引き寄せることじゃなく、自分の中の感度を磨くことかもしれない。
退院後、私が続けている「感謝の習慣」
大病を経て退院してから、毎日続けていることがひとつある。それは、朝目が覚めたとき「今日も生きている」「ありがとう!」と心の中でつぶやくことだ。
大げさに聞こえるかもしれない。でも余命を告げられた経験があると、朝目が覚めること自体が、当たり前じゃない奇跡だ!と本気で感じられる。その感覚が、一日の始まりの心を、ほんわかと癒して温めてくれる。
感謝は、特別なことをしなくていい。
朝、目が覚めたとき——
「今日も生きている」と、ただそれだけ思えたら、
もうそれが、最高の開運の始まりだと思っている。
今日、感謝できることが見つからないあなたへ
今日、感謝できることが見つからないあなたへ
今ここを読んでいるあなたへ
「感謝しろと言われても、今は感謝できることが見つからない」そう感じている人もいると思う。それは、心が疲れているサインかもしれない。無理に感謝しなくていい。
ただ、ひとつだけ試してほしいことがある。今日、何か「小さくて地味なこと」に目を向けてみてほしい。お湯が出たこと。電車が来たこと。誰かとすれ違って、目が合ったこと。
感謝は、大きなことからじゃなくていい。小さな「よかった」を積み重ねることが、心を少しずつ満たしていく。そしてその積み重ねが、いつか気づいたら「運が変わった」と感じる日につながっていく。
余命宣告を受けた私が、今こうして感謝の中で生きていられることが、その証拠だと思っている。
あなたが
生きてるだけで…もう開運している。
心配しなくて
大丈夫! 大丈夫! だいじょうぶ!
あなたは必ず「開運」して幸せになれます!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
—こんびね—


