「大きな病気になったのに、なぜ前向きでいられるの?」
よく聞かれる質問だ。
正直に答えると…前向きになれたのは、
諦めたからじゃなく、気づいたからだった。
大病を告げられた日、前向きなんて無理だった
20代中盤、私は大病を告知された。医師から余命を告げられ、頭の中が真っ白になった。
最初から前向きだったわけじゃない。むしろ逆だった。怒りがあった。悲しみがあった。「なぜ自分だけが」という叫びが、心の中で何度もぐるぐると回っていた。
「なんでこんな目に遭うんだろう」
「まだやりたいことが山ほどあるのに」
「どうして自分だけ……」
病室で一人、声を殺して泣いた夜が何度もある。あの頃の自分に「前向きになれ」と言っても、絶対に無理だったと思う。だから今、同じ状況にいる人に「前向きに!」とは言えない。
ただ…時間が経つにつれ、少しずつ自分の何かが変わっていった。
「前向き」と「諦め」は、全然違う
病気になった後、周りから「前向きだね」と言われることが増えた。でも正直、その言葉には少し違和感がある。
「前向き」と聞くと、「つらいことも全部ポジティブに受け止めている」というイメージがある。でも私の場合、そういうことじゃなかった。
つらいものは、やはりつらい。
怖いものは、本当に怖い。
それをなかったことにするのではなく、
「それでも今日を生きる」と決めることが、私にとっての前向きだった。
諦めたわけじゃない。「もうどうでもいい」と思ったわけでもない。ただ、「今ここにある現実を受け入れながら、それでも前を向く」という感覚に、少しずつ変わっていった。
考え方が変わった、3つのきっかけ
前向きになれた、というより「考え方が自然と変わっていった」きっかけが3つある。
① 「最悪」を受け入れたとき、逆に楽になった
「もしかしたら治らないかもしれない」という最悪の可能性を、ある夜ひとりで正面から受け入れてみた。すると不思議なことに、それまで感じていた恐怖が、少し小さくなった。逃げずに向き合うことで、心に余裕が生まれた。怖いものから目を背けているうちは、ずっと追いかけられている感覚がある
② 「今日」だけを考えるようにした
先のことを考えると、不安がどこまでも膨らんでいく。だから「今日一日、どう過ごすか」だけを考えるようにした。今日の食事。今日の会話。今日の景色。それだけに集中すると、不思議と心が落ち着いてくる。
③ 病気が「気づかせてくれたこと」に目を向けた
大病は、奪うだけじゃなかった。当たり前だと思っていた日常のありがたさ、本当に大切な人との時間、自分が何を大事にしているかという本音…そういうことを、病気になって初めて気づかせてもらえた。それは、健康なままでは気づけなかったことだと思っている。
今、病気と向き合っているあなたへ
今ここを読んでいるあなたへ
もし今、大病を抱えて「前向きにならなきゃ」と焦っているなら…焦らなくていい、と伝えたい。
泣いていい。怒っていい。「なんで自分が」と思っていい。それは弱さじゃなく、それだけ真剣に生きているという証だから。
前向きになることは、ゴールじゃない。つらい気持ちをそのまま抱えながら、それでも今日を生きようとすること…その一歩一歩が、もう十分に「前向き」だと思う。
大病を経験した私が、今こうして言葉を綴っていられるのは、あの日々があったからだ。あなたの今日も、きっと未来の自分への贈り物になっている。
あなたが
生きてるだけで…もう開運している。
心配しなくて
大丈夫! 大丈夫! だいじょうぶ!
あなたは必ず「開運」して幸せになれます!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
—こんびね—


